MEMOIRS by rock magazine SELFISH
70年代に思った事などを思い出しながら書きました

JESSE DAVIS
Jesse Davis



LEON RUSSELL
Leon Russell

縁の下の力持ち(1970)

当時のロックの雑誌によく現れていた人たちです。●●のアルバムに参加してとか、この曲の作者は、といった具合でした。そして、1970年にファースト・アルバムを発表。ぜひ現代のロックファンにも聴いてほしいアルバムたちです。ビートルズをはじめとして数多いミュージシャンの作品で卓越したギターを弾いているジェシ・エド・デイヴィスのファースト。スワンプ・サザン・ロックの生みの親であり、カーペンターズの「ソング・フォー・ユー」を筆頭に必ず知っているポップスやロックのスタンダードナンバーの作者であるレオン・ラッセルのファースト。前者は、静かではありますが熱いロックを展開。後者は、しみじみとロックの美しさを聞かせてくれます。
Jesse Davis

オクラホマ生まれのネイティヴアメリカンであるジェシの第1作。レコーディングにはクラプトンやL.ラッセル、グラム・パーソンズなど錚々たるメンバーが参加しています。その中で、ジェシは持ち味のギター職人としての力量を十二分に発揮しています。リラックスした中でのびのび演奏しているジェシは、随所でさまざまなプレーを披露しており、聴いているこちらも楽しさ倍増です。
Leon Russell

自分で創立したシェルターレコードの第一弾として発表されたデビューアルバム。クラプトン、J.コッカー、R.スター、G.ハリスンなどセッションマンとして活躍していた経験を活かした豪華な顔ぶれによるアルバムです。ゴスペルやスワンプを基調にした名曲の数々が、これでもかと続きます。特に切々と唄われるラヴ・ソングは感動ものです。適材適所に配置された豪華なメンバー、卓越したアレンジ、どれをとってもすばらしい。


PINK FLOYD
Atom Heart Mother



THE WHO
Live at Leeds

新興勢力に負けじとグレードアップ(1970)

60年代後半から活動を始め、独自の音楽探求をしてきたグループが、新興勢力に対抗すべく起死回生のアルバムを発表。両方とも、私がロックを聴いた時には既にビッグネームのバンドでしたが、フロイドは、『プログレとは?』に明確な答を出し、ザ・フーは、『ハードロックって?』に対し、さらに荒々しいロックで答え、ロックの極限をそれぞれの手法により表現してくれました。この2枚をタイムリーに聴くことができた年齢になっていて本当によかった。
Atom Heart Mother

これまで、どちらかというとサイケデリックでアンダーグラウンド的だと思われていたフロイドが、心機一転プログレッシヴ・ロックを確立させたアルバム。特に組曲形式をとっているタイトル曲は、合唱隊やブラス・セクションの導入という斬新なアイデアを取り入れ、それまでわかりにくかったフロイドの世界を分かり易く一般のロックファンに表現してくれた。
詳しくはこちら Rock Standard 001
Live at Leeds

有り余るエネルギーを一気に発散させたかのような激しくも熱いライブの模様を伝えるライブ・アルバム。特にシングルとして発売されたR&Rの名曲「サマータイム・ブルース」は生々しすぎて涙ものです。21世紀になって完全版が発表され、またもや興奮は最高潮に達した。


DEREK & THE DOMINOS
Layla & Other Assorted Love Songs



DAVE MASON
Alone Together

注目度の違いは、評価の違い?(1970)

60年代後半、アメリカへのツアーの回数が増えたブリティッシュ・ロック・グループの中でもブルース・ロック、またはホワイト・ブルースと呼ばれたバンド出身者は、アメリカへと目を向けるようになります。そんな中でも、どっぷりとアメリカに浸かってしまったのが、エリック・クラプトンでありデイヴ・メイソンでした。デラニー&ボニー・ブラムレットのバンドに加わり、アメリカ中をツアー。その中でR&Bやゴスペル、アメリカ南部のデルタ・ブルースを吸収しクラプトンは新しいグループを結成し、後に名作と呼ばれるようになるアルバムを発表、メイソンもアメリカナイズされたアルバムをクラプトンとほぼ同じメンバーで発表。どちらもレイドバックした傑作アルバムではありますが、名曲「LAYLA」のせいなのかその後の評価と印象に大きな差が生まれてしまいました。
当時の私は、ほのぼのとした感じのデイヴ・メイソンが好きで、このあともレコードを買いつづけていく事になります。もしかしたら、天邪鬼か判官贔屓だったのかもしれません。
Layla & Other Assorted Love Songs

デラニー&ボニーのバック三人とともに結成したバンドのファースト。タイトル曲は、ロックファンならずとも有名ですが、故デュアン・オールマンとのツイン・ギターによるバトルは歴史上に残る名演です。
詳しくはこちら Rock Standard 004
Alone Together

デレク&ドミノスとほぼ同じ時期、同じメンバーによるアルバムです。デレク&ドミノスほどの派手さはないもののイギリスの匂いを残しながらR&Bやゴスペルなどを上手く取り入れた上品なアルバムです。
詳しくはこちら Rock Standard 005


DEEP PURPLE
Deep Purple In Rock



BLACK SABBATH
Black Sabbath

ハード・ロック御三家の確立(1970)

ブルースやトラディショナルをハードに表現したレッド・ツェッペリンに追随するかのごとく発表されたこの2枚のアルバムは、これまでとはまったく違った視点からの表現方法で作られた重要な作品です。それまでロックは、反社会性の代名詞として若者の社会に対する代弁者的な役割を果たしてきましたが、バッハの対位法などクラシックの手法を取り入れたパープルや悪魔崇拝を表現したブラック・サバスの出現により音楽としてのハードロックがひとり立ちしたといえるでしょう。ここにハード・ロック御三家が誕生したのです。
当時、ロックをかじり始めたばかりの私にはディープ・パープルの音楽面での変身ぶりが理解できず、『ブック・オブ・タリエシン』などを作ったグループと同じグループだとは思えませんでした。今考えるとロジャー・グローバーのベースがキーポイントだったんだと理解できますが、シングルを1枚か2枚しか買えなかった小僧には当然無理な話だったのです。
Deep Purple In Rock

ヴォーカルにイアン・ギラン、ベースにロジャー・グローバーという黄金期のメンバーによる最初のアルバム。これまでの路線をすっぱりと切り捨ててハード・ロック一本に命をかけたアルバム。「スピード・キング」「チャイルド・イン・タイム」という名曲では、誰にも真似のできないパープルスタイルが既に完成しているのが見事。
Rock Standard 018
Black Sabbath

後のハード・ロックやヘヴィ・メタルに受け継がれる事となる悪魔崇拝や魔女といったダークでディープな世界を重苦しい音で表現したコンセプトアルバム。まるでスリラー映画の始まりのような雨音と雷と鐘の音で始まるアルバムは、あくまでも重く沈み込むようなサウンド。しかし、当時は新鮮でもありました。英国では、発売日も2月13日の金曜日というおぞましい日だった。


YES
Fragile



E L & P
TARKUS

プログレッシヴ・ロック四天王決定(1971)

ついにプログレ四天王が出揃った年です。今までは、三大●●●というのが多かったのですが、三からひとつ増えて四天王の文字が音楽雑誌などにも使われ始めました。それまでも、ELPは、キース・エマーソンの激しいキーボードとグレッグ・レイクの語りかけるようなヴォーカルで独自の世界を作り出し、イエスは、スティーブ・ハウの加入により超技術者集団となっているわけですが、リックウェイクマンの加入を持ってイエスがイエス足りえる、と認識します。リックの加入が無ければ三大プログレ・バンドだったかも。めでたく1971年、キング・クリムゾン、ピンク・フロイド、イエス、エマーソン・レイク・アンド・パーマーの四天王揃い踏み。しかし、その後は五、六、七と増えることは無く四天王に割って入るグループはありませんでした。
Fragile

イエス=ロジャー・ディーンを決定づける要因となったアルバム。各メンバーをフィーチャーした楽曲とR.ウェイクマンの加入なくしては完成しなかったであろう名曲「Roundabout」「Heart of the sunrise」の大作で構成されており、非常に聴きやすいイエスの入門書的なアルバムです。非常に有名なアルバムではありますが、発売後30年以上経った今、これからプログレッシヴ・ロックを聴く方には必聴盤です。
Rock Standard 008
Tarkus

どちらかといえば激しいキーボードを前面に出した感のあったデビュー作に対し、この第2作では各メンバーの力量が十分発揮されているアルバムです。架空の怪物「タルカス」を組曲仕立てで表現した大作を中心に構成されたこのアルバムにおける各メンバーのソロの応酬は壮絶なものがある。その中で「Stones of years」をはじめとするグレッグ・レイクのおちついた声は、聴き手の心に一時のオアシスとして感じられます。


JONNY WINTER AND
Live



ALLMAN BROTHERS BAND
At Fillmore East

やっぱり、ブルースはライブに限る(1971)

多彩なロックが次々に誕生している中で、あくまでもブルースを基本に独自の解釈でそれを表現しようとしている人たちがいました。その代表格でもあり、さまざまな人に影響を与えつづけているのが、ジョニー・ウィンターとデュアン・オールマンではないでしょうか。ジョニーは、アドリブの凄さをすばらしいテクニックで表現し、デュアンは、決して洗練されているとはいえない奏法でブルースの基本を力強く表現してくれる。しかもライブだからこそ味わうことのできる躍動感、やっぱりライブは最高だ。
なんて、ロックを真剣に聞き始めたばっかりの超初心者なのに思ったものでした。でも子どもの直感は正しかったと思います。ブルースに限らず音楽はライヴですよね。
Live! Live! Live!
Live

大ロックンロール大会のライブ作品。ブルースの基本であるアドリブの凄さや、ブルースを歌うために生まれてきたような独特の声、ヒット曲なんて関係ない自分の好きな曲を好きなように演奏する、すべてがジョニーの凄さを証明することになる。スタジオアルバムもすばらしい作品が多いけれども、やはりブルースはライブに限るということを証明してくれます。最後は、「ジョニー・ビー・グッド」で締めくくり。
At Fillmore East

大傑作ライブアルバム。完全盤がリマスターで発売されています。どうせ聴くならそちらをどうぞ。1971年3月12日、13日それぞれ2ステージのテイクから選ばれた曲が並んでいます。泥臭く力強い南部特有のブルース表現から都会的な表現まで、さまざまなオールマン・ブラザーズ・バンドを聴く事のできる2時間14分です。聴き終わった後に、もう一度聴きたくなる恐ろしい作品でもあります。


BRUCE COCKBURN
High Winds white Sky



J.J.CALE
Naturally

地味ですが、長〜い友達です(1971)

寒そうなモノクロのカヴァーから感じるなんともいえない暖かさ。ブルース・コバーン、このカナダのフォークシンガーは、2000年を過ぎても活動しています。しかも、変わらぬ人気とともに。聴けば聴くほど良くなります。5年程前に知合ったカナダ人が、カナダでは国民的な歌手だと言ったのを聞いてカナダ人に対するイメージが膨らんだのを思い出します。そして、正装をしたアライグマ。J.J.ケール。クラプトンもあこがれた変人です。あまり口を開かず、インタビューも嫌いとくれば情報なし。しかし、曲を聴けば人となりが見えてくるのが不思議です。語りかけているように唄い、聴き手を癒してくれる。前者は、深々と降る雪の夜に、後者はけだるい夏の夜にバーボン片手に聴きましょう。きっと、すばらしい時間があなたを待っています。美しいアルバムたちです。
High Winds white Sky

雪の降り積もった公園に一人佇むブルース・コバーン。このジャケットそのままの音が入っています。アコースティックギター一本をバックに唄われる珠玉の名曲たち。静かな雪の朝、聞こえるのは自分の足が雪を踏みしめる音だけ、そんな心落ち着くアルバムです。
詳しくはこちら Weekly Pickup 007
Naturally

自分の好きな人たちとのんびり作ったアルバムです。クラプトンもあこがれたという人。74年にクラプトンが発表する『461オーシャン・・・』に少なからず影響を与えているのがわかります。レイド・バックしまくりの心地よい曲が並んでいます。名曲「アフター・ミッドナイト」を含む。
詳しくはこちら Weekly Pickup 022


URIAH HEEP
Demons and Wizard



Magician's Birthday

そんなに買えましぇ〜ん(1972)

ユーライア・ヒープ最強メンバーによる最高傑作の2枚です。ジャケットのデザインをロジャーディーンが担当したことで、音と映像がぴったりマッチしています。デヴィッド・バイロンの特徴ある声は、あまりにも悪魔的だといわれ、美しいコーラスも悪魔たちが地の底から這い出して来るようだと形容されました。すべてがジャケットの影響とアルバムの題材が悪魔、魔法使いであり、ブラック・サバスによって確立されたばかりの悪魔崇拝ハードロックグループの一員とみなされていたからでしょう。 アコースティカルな面とエレクトリカルな面を見事に融合させたすばらしいコンセプトアルバムになっています。この2枚は、1年という短い間に続けて制作されているため同一アルバムと認識し、続けて聴いたほうが良いと思います。 なんと、1972年はユーライア・ヒープの年といっても過言ではないのです。シングル『対自核』のヒットにより、急遽日本への紹介が始まり、この1年間にユーライア・ヒープのアルバムはファーストから『Magician's Birthday』までの5枚すべてが発売されるという暴挙が敢行されたのです。中学生だった私には、当然すべてを買えるはずがなく発売元を怨んだものです。
Demons and Wizard

前作からのシングルカットされた「Easy Livi'n」のヒットにより独自の世界観をロック・ファンに見せつけたユーライア・ヒープが発表したコンセプト・アルバム、通算では4作目。暗黒世界の表現というブラック・サバスに代表されるハードロックの一つの路線ではありますが、アコースティックな感覚の導入という手法は暗黒の世界観の表現に新しい分野を確立しました。アルバムを通してドラマティックに広がっていく世界は、R.ディーンのイラストともマッチして最高の盛り上がりを見せます。
Rock Standard 031
Magician's Birthday

前作の発表から半年後に発表された5作目。サウンド的には前作同様で同一のコンセプトの基に作られています。ディープ・パープルなどに代表されるギターを中心として構成されるのではなくキーボードを中心として構成され、なおかつアコースティックであるところが暗黒の世界を表現しながらもどこかファンタジックな感じを聴き手に与える所以ではないでしょうか。最高のアルバムを作ったにもかかわらず、この後のヒープは大作主義を捨てていくことになります。
詳しくはこちら Weekly Pickup 034


O'JAYS
Black Stabbers



WAR
World is a Ghetto

えっ!そんなの聴いてんの?(1972)

マイルス・デイヴィスやチック・コリアなどのフリー・ジャズ系のアーティストが中心になって火が点いたクロスオーバー・ブームは、1972年にもなると、ジャズ系、ソウル系、ファンク系、ロック系とありとあらゆるバンドが出現し、ラジオのロック番組から聴こえてくるのは、ロックだけじゃない時代でした。その中でも、渋さにかけてはNo.1というのがウォーとオージェイズでした。NHKのFM(田舎なのでNHKしかなかった)で流れているのを聴いて、『うぉ、いい感じ』と思ったのは良かったんですが、音楽といえばハードかプログレッシブのロックしか知らない連中に小馬鹿にされたら大変なので、ずっと内緒にしていたんです。しかし、レコード立てに立てたままだったのを発見され『えっ!こんなの聴いてんの!』と小馬鹿にされチョット落ち込みましたが、ひたすら聴かせ続けた結果、ソウルファンが急増。ファンの広がりは、同じ話題で盛り上がる事ができるのでよかったけれどロックのアルバムを買わないやつもいたりして、みんなで回し聴き(小遣いが少なかった)していた関係上、困った問題に発展してしまいました。
Black Stabbers

クリーヴランドのDJであったエディ・オージェイに認められたのがグループ名の由来でありデビューのきっかけであったオージェイズの代表作。ソウル史に残る名作であるとともにポップス・チャートでも「Back Stabbers」が3位を記録した傑作アルバム。それまでのフィラデルフィア・サウンドにはなかったサウンドとメロディは、このアルバムの代表曲である「Back Stabbers」「Love Train」のヒット曲2曲を聴くだけで十分に分かっていただけます。アップテンポからミディアム、スローとすばらしい歌声を聴かせてくれます。
World is a Ghetto

ビーチボーイズのエリック・バードンにより結成されたさまざまな人種からなるファンクグループのアルバムで、エリック脱退後の第3作目。現在につながるストリート系のサウンドは、ファンク、ラテンとジャズなどが融合し、美しくも緊張感のあるアルバムに仕上がっています。特に、大ヒットした「The World is a GHETTO」と「Cisco kid」のできはすばらしく、後者の延々と続く演奏はすばらしい緊張感が漂います。


CHICK COREA
Return to Forever



FOCUS
Focus 3

クロスオーバーとフュージョンって?(1972)

クロスオーバーという言葉が定着し始めた頃、フュージョンという言葉が登場してきました。ジャズからのアプローチやロックからのアプローチかのどっちかで使い分けていたような記憶もあるのですが、忘れてしまいました。
クロスオーバーとフュージョンというのは同じだろうか、違うのだろうか?疑問に思って辞書を引くと「交差」と「融合」。そういう意味では、チック・コリアは、あくまでもフリー・ジャズなのでクロスオーバーで、フォーカスは、ジャンル的にはプログレッシブ・ロックに入れられることが多いですが、ジャズ・クラシック・ロックが渾然一体となっているのでフュージョンということになるんだろうな。そのうち、クロスオーバーという呼び方は少なくなり、フュージョンという呼び方だけが一つのジャンルとして生き残ってしまいます。
Return to Forever

マイルス・デイビスに始まるポスト・フリー・ジャズの古典となった作品。ウェザー・リポートなどとともに聴き易いジャズを模索しロック界にも多大な影響を与えた作品です。新進気鋭のアイアート・モレイラ(dr,per)、スタン・クラーク(b,後にスタンリー)は、クロスオーバーのジャズ界代表になっていきます。スリーブが表現しているように、美しくも幻想的な曲が風のように流れていきます。同じ表現方法の次作『ライト・アズ・ア・フェザー』とともに聴くのがベストです。
Focus 3

フォーカスの人気を決定づけた「シルヴィア」を含む作品。しかし、「シルヴィア」をもってフォーカスを論じることはできません。この曲は、かなり聴き易く、ロックよりの特徴を示す曲ですが、フォーカスとしては珍しい部類に属します。彼らの特徴は、クラシックを表現するためにロック的な手法を用いて曲作りがなされているというところにあります。アプローチの方法が、聴いているうちに自然にロックからジャズへ、そしてまたロックへと曲作りの巧みさを感じさせます。

ウェスト・コースト三羽烏!(1972)

フラワームーブメントの終焉とともに、さまざまな形に変化していくウェスト・コースト・サウンドが具体的な形となって表現された記念すべき作品たちです。バッファロー・スプリングフィールド以来の特徴をより発展させたイーグルス。ウェスト・コースト・サウンドをよりアコースティックに、よりロック的にアレンジして見せたドゥービー、イースト・コーストの都会的なジャズセンスを持ち込んだスティーリー・ダン。
EAGLES
Eagles



J.ブラウンとG.フライの共作の「テイク・イッツ・イージー」で始まるデビュー作は、ウエスト・コースト・サウンドの新たなスタートであるとともに、これまでの集大成的な意味合いも持っていると思います。C.S.N.&Y.やバーズの爽やかさに心地よいロックをプラスされて完成された曲すべてが斬新で飽きのこない出来上がりで、アルバムの構成も見事です。3作目以降は次第にロック色を強めていくイーグルスですが、バーニー・レドン在籍時(4作目まで在籍)のすばらしいイーグルス・サウンドが堪能できます。
DOOBIE BROTHERS
Toulouse Street



セールス的には成功しなかったデビュー作に続く傑作セカンドアルバム。テッド・テンプルマンによるプロデュースと言う事もあるんでしょうが、オリジナル曲以上にすばらしいのがカバー曲のアレンジ方法です。A.レイノルズの「Jesus is Just Alright」などは完全にドゥービーの曲としか思えない名曲です。この一曲のためだけでも買う価値のあるアルバムです。イーグル同様にコーラスを主 にしていますが、T.ジョンストンの独特のカッティング奏法によりドゥービーの個性が引き立ちます。
詳しくはこちら Weekly Pickup 036
STEELY DAN
Can't Buy A Thrill



たまたまデビューがウエストだったというイースト・コーストの人間によるデビュー作。一曲目のラテン・ジャズのテイスト溢れる「Do it again」から特徴あるサウンドが聴けます。演奏力の高さは言うに及ばず、すばらしいアンサンブルです。未だに古さを感じさせることのない特徴のあるサウンドは、その後模倣するバンドすら現れないというすばらしいものです。このアルバムをスタートとして次々に進化していくサウンドは、どのアルバムも聴き応え十分です。特にこのアルバムと次作でのJ.バクスターのギターは特出ものです。


DEEP PURPLE
Machine Head



BLACK SABBATH
Black Sabbath vol.4

ZEPPELINには負けない!(1972)

前年にツェッペリンの最高傑作であり永遠の名曲「天国への階段」を含む第4作が発表されハードロック御三家からツェッペリンが一歩抜きん出た感のあったハードロック界でしたが、台頭してくる若手に負けまいとしたのか、それともツェッペリンには負けないぞと思ったのか、パープル、サバスともに歴史に残る名盤を発表しました。それぞれ『IN ROCK』『PARANOID』という名作を残してはいましたがツェッペリンの活躍の影に隠れていた感じがしていました。ハードロックのスタンダードになる名曲を含むこれらのアルバムの発表により本当の御三家になったのではないでしょうか?さすがに、「俺たちを忘れてないかい」といったような、意地の一発といった感じがしたものです。あくまでもストレートでシンプルになってリラックスした雰囲気が伝わってきます。
Machine Head

解説するのも恥ずかしいくらいの名盤。超有名な「Highway Star」「Smoke on The Water」の曲と詩のアンバランスさはびっくりものだったのを思い出します。当時中学生だった私にはリスニング力があるわけもなく対訳の詩を読んでビックリしました。しかし、このアルバムで完成したといわれるブラックモアのスタカート奏法(Smoke on the Water)は知らない人はいないんじゃないだろうか。このアルバムで私が一番気に入っているのは、何と言っても「Space Truckin'」です。ロジャー・グローバーのベースとイアン・ギランの高音のボーカルでメロディーを表し、それに絡むブラックモアの高速ギターがすばらしい。また、無意味な歌詞とのアンバランスが、何とも言えず心を昂ぶらせてくれます。
Black Sabbath vol.4

前3作までとは違い、コンパクトな曲がならべられ非常にまとまった感じのする前期サバスの代表作。一曲目からそれまでにないメロディアスな曲「Wheels of confusion」で始まるという肩透かし的な曲構成がハードロックファンに過小評価されている感じがしてなりませんが、「Snowblind」にみられるようにドラッグという当時の時代背景が見事に表現されており、メンバーも悩んでいたであろうそうした悩みを振り払うかのように力強く、まとまりのあるアンサンブルを聴かせてくれます。私は、このアルバムをもってブラック・サバスの様式美は完成したと思っています。未だに影響力を持つサバスの傑作アルバムとしては評価が低すぎると思います。


GEFF & MARIA MULDAUR
Sweet Potatoes



BOBBY CHARLES
Bobby Charles

大変失礼ですが(1972)

大変失礼なことなのですが、私が所有しているレコードの中には、そのアーティスト自体が好きなわけではなく、作品に参加しているセッション・マンが好きで買ってしまったものがあります。もちろんその作品も素晴らしいのですが、どうしても作品の出来よりもセッション・マンのプレイが気になってしまうという失礼な聴き方になってしまうのです。
その大好きなセッション・マンがギタリストのエイモス・ギャレットなのです。グレイト・スペックルド・バードで幻の一枚と呼ばれたファーストを発表したのが1969年、そして1972年にベン・キースらとハングリー・チャックを結成しファースト・アルバムを発表します。その活動以外にセッション・マンとしても多忙な日々(たぶん)を送っていたなかで名演と呼ばれることになる作品に参加したのがこの2枚なのです。しかも、数曲のみの参加ではなくほぼ全編にわたっての参加なのです。
テレキャスターによる類稀なるベンディング・テクニックや浮遊感のある優美なフレーズなど、でしゃばらないのに印象に残るという素晴らしいギタリストだと思います。 ストーンズのキース・リチャードやポコなどで活躍したジム・メッシーナなどテレキャスターを弾く人にはこういう人が多い気がします。
Sweet Potatoes

ルーツ・ロックの傑作アルバムです。69年、ジム・クェスキン・ジャグ・バンドの解散を機にルーツ・ロックの聖地:ウッドストックに移り住み、そこの住人たちとジャズやブルース、ヒルビリーといった要素をふんだんに取り入れ作られたアルバムです。芸達者なジェフ・マルダーの作り出す『古き良きアメリカ』がふんだんに盛り込まれた作品は、夜の帳が下りる頃、バーボン片手に聴きましょう。
Bobby Charles

こちらも幻の一枚で捨て曲なしの大満足できる作品です。50年代中頃からニューオリンズ(チェス・レコード)でシンガー、コンポーザーとして活躍していたためかR&Bやゴスペルの影響も強く、フォーク、カントリーが融合しあった作品はザ・バンド(R.ロバートソンは不参加)やエイモス・ギャレットらのウッドストック人脈により力強くサポートされています。私自身は76年の復刻盤でやっと手に入れることができました。


LIVE IN JAPAN

CHICAGO



DEEP PURPLE

行きたいな〜、観たいな〜(1972)

70年代になると外タレ(古いかな^^;)の来日が盛んになってきます。日本のレコード市場も馬鹿にならないとレコード会社などが考えるようになったんでしょうね。『●●●の来日公演、決定!』などと音楽雑誌にも掲載されるようになってきました。その外タレの来日が本格化しビッグ・ネームのアーティストが大挙来日するようになったのが1971年頃からではなかったでしょうか。雷鳴轟くグランド・ファンク・レイルロードの公演、幻想的なピンク・フロイド、そしてレッド・ツェッペリン、中学生の私には無理、無理、無理。1972年になると大好きだったフリー、ヒット曲が多く2枚組みばかりでアルバムが買えなかったシカゴ、NHKのヤング・ミュージック・ショーでBBCのライヴが何度も放映になるディープ・パープル。毎月、音楽雑誌を買うたびに『行きたいな〜、観たいな〜、行けないよな〜』の連続でした。
音楽雑誌に掲載される来日公演の写真を見ながら、田舎に住んでいる私には縁遠い話だなといつも落胆していました。このころから、いつかは都会に出て外タレのライヴを観るというのが密かな私の夢になったのでした。
ディープ・パープルのこの作品には『マシン・ヘッド』からの曲が7曲中4曲含まれていますが、このことがパープルの代表作品として『マシン・ヘッド』を位置付けた原因でもあるのでしょう。 Live! Live! Live!
CHICAGO
アナログ時代は日本のみで発売された作品です。この年は前4作(ライヴが1作)よりさらにポップ志向が強くなった『CHICAGO �后戮�発売された年でもありシカゴの人気はうなぎ昇りの時代でした。その人気に答えてくれたのか「ロウダウン」「クエスチョンズ67 68」の2曲を日本語で披露してくれています。『AT CARNEGIE HALL』のように4枚組(いまだに超怒級として君臨)でなく2枚組だったために、何とか買うことが出来ました。
DEEP PURPLE
ロックのライヴ作品として本人たちのパフォーマンスや録音状況(観客の様子も含めて)など歴代のライヴ・アルバムの中でもベスト10に入ると評価が高い傑作です。とくに、「ストレンジ・ウーマン」におけるリッチーのギターとイアン・ギランのヴォーカルの掛け合いは素晴らしいのです。また、アナログ時代にスタジオ盤では聴こえにくかったロジャー・グローバーのスリリングなベース・ラインなどもはっきり聴こえるためにスタジオ盤を聴かなくなった友達もいたほどでした。


QUEEN
Queen



AEROSMITH
Aerosmith

ついに出た!次世代ハードロッカー(1973)

ついに、次世代を担うハードロック新御三家の登場です。俗に、クィーン、エアロスミス、キッス(次の年にデビュー)が新御三家として認識されるには少しだけ時間が必要ですが、御三家との違いは、ハードロックの発展の中で育った純粋培養のハードロッカーだということです。そのせいなのかどうかはわかりませんが、音だけでは飽き足らず、デビュー当初からインパクトのあるビジュアルに特徴のあるバンドばかりです。 すでにロック市場は、イギリス・アメリカだけでなくドイツなどのヨーロッパや日本などのアジアまで広がりを見せています。市場として日本が意識され始めたのは、ビッグネームの来日が続いていた71、2年頃からでしょう。そしてついに、日本で最初に火が点いたのがクィーンというわけです。本国イギリスでは酷評されながらもアメリカ、日本でブレークしイギリスに逆輸入。特に日本ではティーンエイジャーの女性に大人気。男の音楽であったロックが、女性に浸透し始めるためには、やはりビジュアルが必要不可欠だった。女性差別ではありませんが「女にツェッペリンがわかるのかぁー」と、心の中で叫んでいました。
Queen

一曲目の「Keep Yourself Alive」でK.O.されてしまいました。どんなギターの設定なんだろう、とかのほうが気になってしまった記憶があります。緩急のついた曲構成や美しいメロディーなど、新人バンドとしてはレヴェルが違ってました。クラシカル、ジャジーな雰囲気をさりげなく盛り込んだりしているところなど、ロックの新しいアプローチ方法を見せつけてくれました。そういう意味では、クィーンの名盤は数ありますが、歴史的な名盤でもあると思います。クィーンとしての基本は既に出来上がっています。
Aeroamith

ファースト・アルバムなのですが、日本では3番目に発売されました。すでに、サード・アルバムの『TOYS IN THE ATTIC』が発売された後、音楽的にはエアロスミスも完成に近づきつつある時代での発売には抵抗はありました。タイムリーに輸入盤で聴いた時には、見かけによらずシンプルでいいな、というのが最初の印象でした。「Dream on」のように名曲もありますが、全体的には粗々しさはあるものの、チャレンジ精神旺盛な曲が並んでいて好感の持てるアルバムです。


TOM WAIT
Closing Time



PHOEBE SNOW
Phoebe Snow

個性は身を助ける(1973)

個性的という観点からすれば、この年にデビューした新人の中で、この二人ほど個性的な声を持ったシンガーはいないでしょう。やる気があるのかないのかわからないようなトム・ウェイツ、こんな声でよくシンガーになろうと思ったなというフィービー・スノウ。そのどちらも、聴けば聴くほど味わい深く心に沁みてきます。今となっては、離せないアルバムになってしまいました。個性が強すぎるとたいていは飽きられるものですが、この人たちは度を越しているため、いつ聴いても新鮮に思えるんです。個性ってすばらしいものなんですね。当時未成年だった私には、お酒片手にとは行きませんでしたが、「セイヤング」、「オールナイトニッポン」などの深夜放送と同じように、真夜中コーラ片手に聴いておりました。
Closing Time

24歳とは思えないハスキー・ヴォイス(だみ声のほうが合ってる?)が特徴のシンガー・ソング・ライターのデビュー作です。夜が似合う作風は、ジャジーで男の匂いがプンプン。異色であるのは間違いありませんが、イーグルスも取り上げた「オール’55」など魅力のある曲が並んでいます。「酔いどれ詩人」などと言われていましたが、聴いているとなんとなくリフレッシュされて元気になるんです。
詳しくはこちら Weekly Pickup 041
Phoebe Snow

歌姫フィービー・スノウのデビュー作品です。ブルース、ジャズ、フォークなどが複雑に絡み合った作品は、一度聴くと彼女の独特の声とともに強烈に脳裏に焼きつきます。是非、バーボン片手に聴いてみてください。良いつまみになりますよ。ズート・シムズをはじめとした多彩なゲストをバックに唄い上げられる歌は、シンプルで素朴なのですが、洗練された都会的なにおいが仄かに香ってきて心地よい気持ちにさせてくれます。

眠れる秘宝は『G』にあり!(1973)

プログレッシヴ・ロックが全盛期を迎える1973年。ブルース・ロックやハード・ロックはA級B級問わず聴いていましたが、プログレで聴いていたのはA級バンドがほとんどでした。そんな私をプログレの深い森に誘惑したのが『G』だったのです。『G』というのは、レコード店の棚をABC順に仕分けしている仕切り板の『G』のコーナーのことなのです。グリーンスレイドはデビュー作ですがコロシアムの活躍で名前は知っていました。ジェネシスとジェントル・ジャイアンツは既に数枚の作品を残していましたが、どこか難解そうな雰囲気だったので聴いたことはありませんでした。
その殻を破るきっかけになったのが『グリーン・スレイド』と『オクトパス』だったのです。ともにロジャー・ディーンの幻想的なイラストがきっかけでした。見開きのジャケットすべてを使って描かれたイラストは、部屋のインテリアとして最高だったのです。それらの入っている店の棚『G』には当然"GENESIS"もあるわけで、店のお姉さんに視聴をおねだりすることとなります。その結果、それまで食べず嫌いだったバンドのおいしさを知るということになってしまいました。その後グレイビィ・トレインやギルガメッシュなど『G』の棚はプログレの宝の山になってしまいました。新しいレコード屋に行くと、まずは『G』の棚を覗くようになり、その棚の充実度によりそのレコード屋のランクや好みを決めるというわがままな評価をしていた時期もありました。
GENTLE GIANT
Octopus




ソフト・マシーンとゴングのカンタベリー組やカンやファウストに代表される現代音楽をベースとするドイツ組を除けば、その難解で複雑な作品はプログレッシヴ・ロックの中でも一等賞でしょう。しかし、その難解さと複雑さを可能にしている要因は、各メンバーの技量の高さなのです。イエスよりも上といわれる演奏技術は、新しいドラマーとしてこの作品からメンバーに加わったジョン・ウェザーズの功績が大きいと思います。
難解だ複雑だと何回も繰り返すと敬遠されそうですが、歌詞の内容、めまぐるしく変化するリズムなどのためにそう思うのであって、楽しめないということではないのです。この作品でも、一曲の演奏時間は3〜5分程度でありギター中心のハード・ロック的な作品もあればジャズ・ロック的なアプローチの作品もあります。特に注目してほしいのは、切れの良いリズムなのです。プログレでは優雅さや壮大さを担当することの多いキーボードでさえ打楽器的な演奏すら少なくありません。難解(またでた!)ではありますが、けして肩の凝るようなものではありません!
GREEN SLADE
Green Slade




ジョン・ハイズマン率いるジャズ・ロック・グループ:コロシアムから核分裂するようにして生まれたバンドのひとつとしてツイン・キーボードという稀有のスタイルで登場したバンドのデビュー作です。もともとはギターを含む4人編成でのバンド構想だったらしいのですが、結局はヴォーカルを兼ねるキーボーディストの元サムライ出身デイヴ・ローソン、『リザード』に参加したドラマーのアンディ・マカラク、そして初代コロシアムのベーシストトニー・リーヴスという編成に落ち着くのです。
作品は、ギターレスというハンデを補って余りあるメロトロンやハモンド・オルガンの優雅さや重厚さ、それに絡む緊張感のあるリズム隊の素晴らしさ。まさに、プログレッシヴ・ロックの王道ここにありという気がします。
そして、ジャケットのグリーンを基調としたロジャー・ディーンによる秀逸なイラスト、是非アナログ盤を探されることをお薦めします。

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GENESIS
Selling England By The Pound



初期ジェネシスの名盤として君臨する『フォックストロット(1972)』と『眩惑のブロードウェイ(1974)』に挟まれていることで存在の影が薄くなりがちですが、間違いなく名盤です。とくにメロトロンを中心にした名曲を多く含むということもあり、難解で摩訶不思議な世界観が広がっているピーター・ガブリエル在籍中の作品の中でもプログレ度はぴか一です。
2005年にスカパーのミュージック・エア・ネットワークでこの当時のライヴ(日本とは違って英国ではライヴの評判が高かった)が放映されていましたが、奇抜な衣装を着てスポット・ライトを浴びているピーター・ガブリエル以外の人間は、もくもくと演奏に励み顔すら上げないという映像でした。いかにガブリエルが中心だったかということを物語っていましたが、この作品ではインスト部分の充実が素晴らしいのです。大活躍のメロトロンを操るトニー・バンクスに一歩も引けをとらないメロディアスなスティーヴ・ハケットのギターをはじめフィル・コリンズのドラミングも数段上達しているように思います。


BILLY COBHAM
SPECTRUM(1972)



『スペクトラム』さまさまです(1973)

70年代の前半にオーディオ機器として、その存在感を発揮していたものにセパレートステレオというものがありました。家具調のステレオで応接間などにでーんと置かれていたのですが、我が家にはその子分のようなプラスチック製のステレオしかなく、スピーカーの出力も弱く満足な音が楽しめる環境ではなかったのです。

そういう時にクロスオーバーという新しいジャンルの音楽に遅ればせながらチャレンジしようと買ってきたのが『スペクトラム』だったのです。レコード屋さんで視聴し、その凄まじさに圧倒され、即、購入まではよかったのですが、家にある粗末なステレオでは一曲目の最初から針がジャンプ、ジャンプの繰り返し。プレスの状態が悪かったというより針圧を変えることができなかったためだとは思いますが、視聴のときの感動に音飛びがプラスされ強烈な印象が2倍にも3倍にも増幅されていったのでした。その感動を胸にセパレートステレオを持っている友達の家へ一目散。その感動を分かち合ったのです。が、その後、自宅に持ち帰っても聴くに聴けない『スペクトラム』が我が家に戻ってくるのは、今より少し上等なステレオを買った半年後(1973)になったのです。ステレオの買い替えを促して音楽環境をよりよいものにしてくれた『スペクトラム』に感謝、感謝です。

 トミー・ボーリンやヤン・ハマーなど新進気鋭の当時は無名に近かったアーティストからロン・カーターなどジャズ界を代表するアーティストまでが参加して作り上げた作品は、ジェフ・ベックをはじめとしてロックとジャズの双方に大きな影響を与えた名盤であると思っています。

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MONTROSE
Montrose



KISS
Kiss

音がよいだけではダメなんでしょうか?(1974)

同時期にデビューしたアメリカン・ハード・ロックの立役者であるキッスとモントローズほど、その後の境遇が違うバンドもないと思います。 デビュー当時、モントローズのロニー・モントローズは、エドガー・ウィンター・バンドなどでの実績で名前がある程度は知られており満を持してのデビュー。一方のキッスは、ド派手なメイクが売りの無名の新人。音のほうも、モントローズはデビューアルバムの邦題『ハード・ショック』が示すように非常にインパクトのあるハードロック。キッスは、どちらかというとスタンダードでハードなロックンロール。どう考えてもデビュー前から勝負あったと思えるのですが、人生そんなに甘くない。キッスはあれよあれよという間にスターダムに駆け上がるものの、モントローズは、その演奏力の高さや楽曲のすばらしさから玄人好みのグループへとなっていきます。日本でもあまり知られていない、偉大なるアメリカン・ハードロック・グループです。その後は、モントローズとして4枚、GAMMAとして4枚のアルバムを発表しています。機会があったらぜひ聴いてみてください。
Montrose

当時の第一印象はというと、グループのロゴ・マークはかっこいいんだけど、上半身裸の野郎どもが写っているジャケットはビレッジ・ピープル(若い人には理解できないかも)に思えなくもなかったんです。しかし、いったん針を落とすと、そこにはすばらしいハード・ドライヴィングなアメリカン・ハード・ロックが待っていたのでした。ロニーのすばらしいギターにサミー・ヘイガーの若々しいヴォーカルなど、すべてが一級品なのです。
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Kiss

最近、テレビのコマーシャル(カメラ:かわいい女の子4人組)で再度脚光を浴びつつあるキッスのデビュー・アルバムです。当時話題になっていた、ジーン・シモンズの口から炎を吹き上げ、血を流すというライヴ・パフォーマンスは雑誌ではなく実際に見てみたい、と思ったものでした。現在はDVDなども発売されて臨場感のある音で楽しめるようになりましたが、田舎者の私には無理でしたが、やっぱりその場で観衆の一人になりたかったですね。
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ERIC CLAPTON
461 Ocean Boulevard



ROBERT WYATT
Rock Bottom

苦難を乗り越えて(1974)

GOD HANDことエリック・クラプトンとカンタベリー派の代表格ロバート・ワイアットはともに苦難の道を乗り越えて見事に生還した偉大なる人物です。ドラッグとアルコールに悩まされつづけ、ギターが弾けない状態にまでなっていたクラプトンは、周囲の励ましの中で見事(アルコールはダメだったけど)に復活します。一方のワイアットは事故により下半身不随になってしまいます。すばらしいドラマーであったワイアットにとってドラムを叩くことができなくなったことは想像を絶することだったでしょう。しかし、奥さんや友人の勧めで音楽活動を再開しコンポーザー、シンガーとして見事に復活。カンタベリー派を代表する、いやロックを代表するアルバムを作り出しました。クラプトンのアルバムを燦燦と降り注ぐ太陽の光とするならば、ロバート・ワイアットのアルバムは柔らかく包み込んでくれる月の光にたとえることが出来るのではないでしょうか。
461 Ocean Boulevard

超有名な大名盤ではありますが、この作品の前に発表された『レインボー・コンサート』でのクラプトンは痛々しい限りだったのです。そのコンサートでクラプトンをサポートするピート・タウンゼントなどの友人の力によって勇気をもらいレイド・バックしたすばらしい作品を発表してくれました。ロックの聴衆にレゲエの存在を知らしめた功績も大だったのです。カヴァー・ソングが半分を占めますがオリジナルと呼ぶに十分の出来です。
Rock Bottom

再結成マッチング・モールのための作品を製作に取り掛かった時期のパーティでの転落事故。ドラマーであったことも不幸でしたが、社会的な活動なども含めて精神的にも肉体的にも充実した日々を送っていた矢先の不幸がどれほど制作意欲を殺いだことでしょう。しかし、奥さんや友人の思いやりを優しさ溢れる作品に換えて見事にカムバックしてくれました。落ち着きのあるカンタベリー派ミュージックの中心人物としての誇りが、ここに詰まっています。


DOOBIE BROTHERS
What were once vices are now habits



EAGLES
On The Border

新風はギタリストとともに(1974)

どちらも新しいギタリストを迎えてビッグネームへと育っていきます。ドゥービーブラザーズには、スティーリー・ダンからスライドギターの名手ジェフ・スカンク・バクスター(正式には次の『スタンピード』から)が加わりトリプルギターに。スティーリー・ダンもドゥービーも好きな私にとっては<、喜んでいいのか、悲しんでいいのかわかりませんでした。
イーグルスには、ドン・フェルダーが加わりカントリー・ロック・スタイルにロックの新風を吹き込みます。ドン・フェルダーの加入なくして『のろわれた夜』『ホテル・カリフォルニア』は、できなかったでしょう。しかし、この転換がバーニー・レドンの脱退という悲しい出来事を生んでしまったのは残念でなりません。『ならず者』におけるバーニー・レドンの哀愁漂うバンジョーが忘れられない私にとって・・・。
しかし、ドゥービー、イーグルスそれぞれの次作『スタンピード』、『呪われた夜』への下準備が整ったことは良いことでした。当時、これ以上の作品を聴かせてくれるとは夢にも思いませんでした。
What were once vices are now habits

この作品から全米ナンバーワンのシングルヒットも生まれ西海岸を代表するバンドから全米を代表するバンドへ駆け上がった作品です。前作に比べるとトリプル・ギターになっているため重厚感が増し、東海岸出身のジェフ・バクスターがもたらした都会的なセンスも加わっています。ドゥービー結成以前の作品のリメイクなども含まれていて静と動の曲がバランス良く構成された名盤です。
On The Border


前作同様のコンセプトアルバム作りが頓挫し新たなプロデューサーの元で完成された作品です。ドン・フェルダーは途中からの参加のため、すべてでのプレーではありませんがイーグルスに希薄だったソリッドでロック的なアプローチのギターを披露しています。トラブルのため統一感こそありませんがトム・ウェイツの「オール55」をカヴァーするなど新しいイーグルスを目指していた意気込みが感じられる作品です。


QUEEN
QUEEN��



QUEEN
SHEER HEART ATTACK

儲かった!儲かった!(1974)

外タレライヴに行けっこない田舎育ちの私にとっての音楽的な最大の楽しみというと地方巡回的なフィルム・コンサート。定期的というわけではありませんでしたが、200人規模で年に数回ですが開催されていました。
今回ご紹介するハッピーな出来事はワーナー主催のフィルム・コンサートで起こりました。いつものようにフィルム・コンサートが終わり帰ろうかと思っていたところ、主催者からクイズ大会をやりますとの報告。商品が何なのかはわからなかったのですが、とりあえず出場する意思を右手に込めて高々と上げました。その結果、見事に指名され舞台の上にあがることになりました。早押しクイズ(手を上げるだけですが)の第一問は、これまでに発売されたディープ・パープルのアルバムは何枚でしょうという問題。たまたま前日にパープルのアルバムの帯に書いてあった作品の数を数えていたものだから即答!みながびっくりした商品は当時未発売だった「キラー・クイーン」の見本EP、そして、そして総合優勝の商品は『QUEEN�供戮函悖咤硲釘釘辧ΑΑΑΑΑΑ戮世辰燭里任后�レコードを小脇に抱えウキウキ気分で自転車で帰宅したのです。
QUEEN��

クイーンの作品の中で代表作をひとつだけ挙げるとすると、私は迷わずこの作品にします。ホワイト・サイド(B.メイ中心のA面)とブラック・サイド(F.マーキュリーのB面)に分かれた構成といいジャケット(外側は黒一色、内側は白一色)といい申し分の無いアルバムなのです。A面最後のR.テイラー作曲の「ルーザー・イン・ジ・エンド」も迫力満点。
SHEER HEART ATTACK

名曲「キラー・クイーン」を含むアルバムです。激しさと疾走感溢れる一曲目の「ブライトン・ロック」が始まるとともに鳥肌が立ったものです。美しさこの上ない「リリー・オブ・ザ・ヴァレー」などソフトさとハードさがバランスよく散りばめられているバラエティに富んだ内容は、『クイーン�供戮卜瑤蕕覆ぬ昇遒任后�ただ、この作品を最後にヘヴィさがだんだん失われていったのは残念でした。

私たちのこと覚えてますか〜?(1975)

次から次に生まれてくる新人バンドの中には、一部のファン層には指示されるものの、時代の流れによるファン層の変化により振り向かれなくなってしまうバンドがいるものです。エンジェルなどは、その典型的な例でしょう。本国アメリカでは、その実力とともに80年代まで活躍しますが、日本では女性ファンが多かったためか早々に飽きられてしまい正当な評価を受ける事ができなかったバンドです。 逆にパリスなどは、十分な実力と知名度を持つスーパー・バンドとしてデビューしましたが人気が定着することなく消えていきました。リーダーのボブ・ウェルタが、その後ソロで人気が出るのがせめてもの救いです。 ミスター・ビッグは、もっと悲惨です。当時でもその名前すら知っている人が少なく、後に同名バンドがアメリカよりデビューし有名になったため、よく間違えられたりします。しかも、録音したアルバムが発売延期になったりと、実力だけでは残れない世界、それが音楽業界。あれから、30年の月日がたってしまいました。皆さん覚えていらっしゃいますか?
ANGEL / Angel


アメリカ版クィーンともいえるビジュアル系バンドのデビュー作。大げさとも思えるほどのドラマティックな曲構成が、リスナーの度肝を抜きました。後にGIUFFRIAを結成するグレッグ・ジェフリアのキーボードを中心にした重厚なサウンドは、はまってしまうと、さぁ大変。白で統一された天使のコスチュームが眩しく光ります。ヴィジュアルばかりが先行し話題になった彼らでしたが、実際にはテクニックに裏付けされたすばらしい楽曲群にこそ注目がいっててもおかしくないグループだったのです。70年代後半に向けて、ロックは新たな道を進もうとしていたんです。パンク・ムーヴメントがなければ・・・・・・。
PARIS / Paris


ソリッドでスピーディーなへヴィー・メタルに近いハードロック。エフェクト処理を印象的に使用し独自の世界を展開してくれます。ブルース系バンドだったフリートウッド・マックにポップな感覚を導入した立役者のボブ・ウェルチらしくヘヴィな中にもキャッチーなメロディを配し心地よさを増幅してくれています。このデビュー作の後、セカンドを発表しますがセールス的にうまくいかず解散してしまいます。しかし、個性的であったことは、今聴きなおしても古さを感じさせないというすばらしさに繋がっています。
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MR. BIG / Sweet Silence


ディッケン(ヴォーカル、ギター)を中心にしたダブルドラムのハード・ロック・バンドです。邦題『甘美のハード・ロッカー』からもわかるように、ブルースをベースにしたハード・ロックではなく、どちらかというとハード・ポップという感じです。しかし、ベタベタというのではなく切れのあるソリッドな音は、次世代を背負うホープとして期待されました。その後は運がなく、セカンドの発売が遅れたり、サード・アルバムがお蔵入りしたりとトラブルが続き78年に解散してしまいます。このアルバムに収録されているシングル・カットされた「フォー・ザ・ファン・トゥ・ファインド」と「麗しのザンビア」は、日本でもかなりヒットしたのです。


SANTANA
AMIGOS



LED ZEPPELIN
PRESENCE

これを待ってたんです!(1976)


多くのファンが待ち望んでいる方向性とは違う方に行ってしまいそうで私たちをやきもきさせたこれらのグループ。宗教性を強く出した作品を出し続けるサンタナ、プログレッシヴ・ロック的な手法を用いたりレゲエなどに挑戦したりとハード・エッジな心を忘れたかのようなレッド・ツェッペリン、この二つのグループが、原点回帰的ではありますが最先端の音楽を取り込みグレード・アップして私たちの前に帰ってきてくれました。しかも、生涯でも一、二を争う素晴らしい作品を携えてです。これらの作品を聴いた時の喜びはいまだに鮮明に覚えていて、学校でもロック好きの面々が集まっては話題になっていました。AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)なるジャンルも確立されようとしていた時期で、私たちはまだまだ刺激がほしい年頃だったのです。この二枚は、その私たちを十分に満足させてくれたのです。
Amigos

このアルバムは、当時流行していたファンクの波を自分たちのラテンのリズムと見事に融合したり、哀愁漂う泣きのギターによる「哀愁のヨーロッパ」を大ヒットさせ新しいサンタナのファン層を拡大するなど本人やロック界に一大転機をもたらした作品です。

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Presence

こちらもさまざまな実験的な作品を発表して、ついにそれらを融合することに成功した名作です。プログレ的な手法をハード・ロックに応用したり、ファンクを独自の解釈で発展させたりしています。その結果、余分な楽器を排除しハード・エッジな作品を作ってくれました。

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