DISCOGRAPHY  002 DOOBIE BROTHERS
DISCOGRAPHYは、70年代を中心にしたロック・アーティストを紹介しています
BIOGRAPHY
当初は、所属していたワーナー・ブラザーズ・レコードの所在地からバーバンク・サウンドとも呼ばれたウエスト・コーストを代表するバンド、ドゥービー・ブラザーズは、サンフランシスコの南の田舎町サンノゼ(23年前はホントに田舎町で、スーパーの入り口に拳銃を携帯したガードマンが二人もいたりしてチョッピリ怖い町でした)で産声を上げます。ジョン・ハートマンがバンド結成に動いたときに紹介されたのが、トム・ジョンストンだったのです。この時、トム・ジョンストンはまだ大学生。しばらくして新しいベーシストにデイヴ・ショグレンが加入。70年9月には、同じサンノゼ大学の学生だったパット・シモンズが加わり、名前もドゥービー・ブラザーズに変更し、活動します。ちなみに、ドゥービーとはマリファナのスラングです。

メンバーは、サンフランシスコ近郊サンマテオのパシフィック・スタジオでデモテープの作成に取り掛かります。このとき録音された作品は、『MAKE IT EASY』として1993年に発売されました。このデモテープの中から選んだ6曲をワーナー・ブラザーズ・レコードに送ります。このテープに目をつけたのが、この後、名プロデューサーとして有名になるテッド・テンプルマンだったのです。1971年5月に『THE DOOBIE BROTHERS』で念願のアルバム・デビューを果たしますが、話題になる事はありませんでした。日本でも発売に至ることもなく、一部の人間が輸入盤で知っているという状況でした。

そして、1972年快進撃の始まりとなる『TOULOUSE STREET』の発売です。このアルバムからベーシストがデイヴ・ショグレンからタイラン・ポーターに交代、さらにセカンド・ドラマー兼パーカッショニストとしてマイケル・ホザックが加わり音に厚みが出ています。カヴァー曲の「Jesus is just alright」を聴いてもらえば分かりますが、曲の構成力も格段に進歩し、キャッチーなフレーズも加味された自分たちのサウンドを確立させてしまってます。同時期にウエスト・コーストの三羽烏の残り、イーグルス、スティーリー・ダンがデビューしています。ウエスト・コーストにとって1972年は、歴史に残る年になってしまいました。

1973年バンドの特徴が最高に表現された『THE CAPTAIN AND ME』を発表、アメリカのみならず日本でも人気が出始めます。このアルバムには、前作と同様ホーンセクションの導入やビル・ペインの参加に加えて、ライヴ活動の少なくなったスティーリー・ダンからジェフ・バクスターがペダル・スティール・ギターで参加しています。この頃にはライヴ・バンドとしての地位も高くなり、ウエスト・コーストからアメリカを代表するバンドとして認識されるようになっていきます。1974年には、前作をもっとバラエティ豊かにした『WHAT WERE ONCE・・・』を発表。初の全米�癸吋劵奪函�BLACK WATER」も生まれます。私が持っているEP盤は、A面が「ANOTHER PARK, ANOTHER SUNDAY」B面が「BLACK WATER」になってますが、ヒット後に逆になったEPが発売されました。アルバム録音中、ドラムがマイケル・ホザックからキース・ヌードセンに交代します。

そして、ジェフ・バクスターを正式メンバーに迎えて1975年に発表されたのが『STAMPEDE』です。トム・ジョンストンを中心にした時代の最高傑作であると同時に、新しいドゥービーの到来も予感させるアルバムです。のっけからトリプルギターの重量感で圧倒されますが、アルバム全体を通してトムに元気が無いように思えるのは私だけでしょうか?単独で提供した曲も4曲と少なくパットの影響力が大きくなったのでしょうか。事実、パットの曲のほうが活き活きしています。

ついに、トム・ジョンストンの脱退が決定的になる76年に『TAKIN' IT TO THE STREETS』は発売されます。ジェフに続きスティーリー・ダンからマイケル・マクドナルドを正式に迎え入れ作成されたアルバムには、まったく別の場所で撮ったトムの写真があり、メンバー全員で撮った写真にはトムはいませんでした。アルバムは、これまでのドゥービー・サウンドと似て非なるものとなっており、ショックを覚えました。ジャズ色が強くなり、都会的になった分人気も上がります。新しいドゥービーズの始まりです。

その後はメンバーの移動も無く、マイケルとジェフを中心としたサウンドを展開し、1976年『LIVIN' ON THE FAULT LINE』、1977年『MINUTE BY MINUTE』を発表し、翌年グラミー賞を4部門獲得しアメリカのトップバンドに輝きます。しかし、トップ・バンドであることに疲れたジョン・ハートマン、ジェフ・バクスターが相次いでバンドを去り、新メンバー3人を加え『ONE STEP CLOSER』を発表しバラエティの富んだサウンドを聴かせてくれました。このツアー中、タイラン・ポーターがグループを去ることとなりウイリー・ウイークスが加入しますが、解散コンサート開催後に解散する事を表明し、82年に解散します。時代の変化に応じてそのサウンドを変化させていった最高のバンド、その復活は1989年まで待つことになります。
THE DOOBIE BROTHES(1971) TOULOUSE STREET(1972) THE CAPTAIN AND ME(1973) WHAT WERE ONCE VICES ARE NOW HABITS(1974)


アメリカでも話題になる事ことはなく、日本では発売すらされなかったアルバムです。発売されたのは、バンドがトップ・グループに上り詰めた後の1975年、『STAMPEDE』が発売された後でした。
荒削りではあるもののバンドとしての特徴は既に出来上がっています。持ち味の美しいコーラス・ワークやアコギによるカッティング奏法は、若さの証明とでもいうように元気一杯という感じです。アコースティカルな曲が多く、メリハリには欠けますが、ウエスト・コースト・サウンドの発展の道程が、はっきりと確認できる曲ばかりです。


ブルー・グラスやフォークを中心に活動していたパットとロック的な要素が強いトムの音楽性が見事に融合したアルバムです。成功の影には、ホーン・セクションの導入やリトル・フィートのビル・ペインの参加も見逃せません。テッド・テンプルマンの本領発揮といったところでしょう。
今作品から参加のタイラン・ポーターのベースは、この後のドゥービーのサウンドを一変しました。ギターも前面に出ており、ツイン・ギター、ツインドラムの威力を十二分に堪能できます。04年にCM曲となった「Listen to the Music」が全米11位の大ヒットを記録。


ハード・ドライヴィングなブギー・ナンバー「Long Train Runnin'」や「China Grove」のヒットにより、日本での人気を決定づけたアルバムです。ドゥービーのサウンドのイメージは、このアルバムによって決まったといっても言い過ぎではないでしょう。
ホーン・セクションの導入やリトル・フィートのビル・ペインの前作同様の参加に加えて、スティーリー・ダンからジェフ・バクスターが参加しています。ジェフのギターが曲に幅を持たせていることは間違いありません。スピーディーかつタイトなナンバーや躍動感のあるコーラスを生かした曲が並んでいます。


アルバム録音中にマイケル・ホザックからキース・ヌードセンへのドラマーの交替はあったもののジェフ・バクスターが全面的に参加して作られたアルバムです。
効果的なホーンセクションの導入により、前作よりも幅の広い楽曲で構成されており、R&Bやジャズ色の強い落着いた雰囲気のする曲が多くなっています。それでも、カントリー色の強い曲やトリプル・ギターが活躍するハード・ブギーの曲も収録されバラエティーに富んだアルバム構成には脱帽です。ヒットした「Another Park,Another Sunday」は、ドゥービー結成時の曲をリメイクしたものです。
STAMPEDE(1975) TAKIN' IT TO THE STREET(1976) LIVIN' ON THE FAULT LINE(1977) MINUTE BY MINUTE(1978)


ジェフ・バクスターが正式メンバーになったアルバムで、最初からトリプルギターでぐいぐい押してきます。スティーリー・ダンとドゥービーが大好きだった私は、ジェフの参加が片方では脱退になるわけで複雑な心境でした。しかし、ジェフの幅の広いギターワークは、これまでのドゥービーのサウンドに広がりをもたせていて、既にメンバー同然だったのでしょう。本採用になったこのアルバムは、ジェフのギターがぐいぐい前に出てきていて大好きなアルバムです。
残念ながら、トムが全面的に参加した最後のアルバム(再結成は別として)にもなってしまいました。


ドゥービーにとってターニングポイントになった作品です。ジェフと同じく、スティーリー・ダンからマイケル・マクドナルド(オリジナルメンバーではありません)が参加して、サウンドに大きな変化をもたらしました。ソウルフル、かつジャジーな雰囲気は、田舎のイメージを都会のイメージへと変化させたのです。土臭さが無くなり、チョッピリ寂しい思いもしましたが、世の中の流れは、確実にそういう流れだったのです。それまで参加していたビル・ペインとは全く違ったキーボードのアプローチは、ギターからその主役の座を奪っていくことになります。


前作の延長線上にある作品です。しかし、既に前期ドゥービーの影すらありません。だんだんマイケル・マクドナルドの影響が強くなりすぎていて、バンド・アンサンブルではなくマイケルのソロアルバム的な感じになっています。ほとんど聴かないアルバムです。前作のマイケル作曲の作品を聴いてもらえばわかります。バンドのメンバーとしての意識(Brothersですもん)は、稀有です。


思いっきり判断が分かれるアルバムだと思います。AOR的になってからのドゥービーファンには最高で、初期のドゥービーが好きな人には最低なんでしょうね。既にドゥービーではなくマクドナルドがリーダーの別のバンドになっています。スタジオミュージシャンのほうが良い作品になったかも。でも、グラミー賞4部門獲得。おめでとうございます。
当時、私は好きなバンドはいつまでも普遍的だと思っていました。Rockを聴いているのに、何て保守的だったんだろう。
ONE STEP CLOSER(1980) CYCLES(1989) BROTHERHOOD(1991) SIBLING LIVALRY(2000)


ジェフ・バクスター、ジョン・ハートマンも脱退。既に違うバンドです。ドゥービーの延長線上には語ることができないくらい違うバンドです。当然ですが、最後の引導は、パットが決断。時代についていけなかった私が悪いのか、昔(そんな昔ではないけど)に固執する私が悪かったのか、ジ・エンド。


やりました、初期のメンバーを中心に復活です。でも、復活ブームに乗っているような気もしてチョット引き気味。しかし、アルバムを聞いたらそんな気持ちは、すぐ吹っ飛んでしまいました。昔に近いドゥービーが復活、遠くなったのは年月の所為だったんです。いつまでも一緒の感覚だったのは私だった。みごとに、ドゥービーとしての、今、を演じてくれていました。


セールス的には全く振るわなかった再結成第二弾。でも、力が抜けていて、私は好きです。だって、みんないい歳なんですから。もう、大人になってもいいのではないでしょうか。そう思うのは私だけでしょうか?


メンバー全員が作曲やリード・ボーカルを取っているのが特徴です。初期の特徴だった気持ちの良いアコギのカッティングと美しいコーラスが、成熟した大人のロックとして戻ってきました。ベテランにしか出せない味、その歳になればその歳なりの味が出るものなんですねぇ。